月別アーカイブ: 2010年1月

錬金術師の住む通りから・・・

暗く成ってきました。
昔、錬金術師さんが住んでいたと言う
お城の裏の小道の散策です。
本当は細工師さんや工芸師さんの街だったのです。
小さな色とりどりに塗られた家がつらなって、
こびとの靴屋さんも在りそう。
今は色んなグッズ屋さんに成ってます。

此れから丘を下ってカレル橋に向かいます。
車椅子さんに掴まらせてもらって下ります。
結構石ころだらけのガタゴト道です。
車椅子のハンドルに伝わる振動は、
空気の入ってない自転車で走っている感じです。
「Wさんこれじゃ お尻痛くない」と、思わず聞きます。
「私は慣れてる」と、応えてましたが、辛抱要りますね。
僕は丁度二ヶ月前右手首骨折しました。
振動で手首が痛み始めます。

丘を降り切った所の公園でトレイス君、何かに反応です。
「何か有ります」と、聞くと「シェパード居るよ」と
誰かが教えてくれます。トレイス君「危ない!」

聖ヴィート大聖堂あたり・・・

先年来た時とは格段に此の辺りは綺麗に成ってます。
聖ヴィート大聖堂も修理が終わってすっきりです。
以前は天を貫く尖塔に思えたのに、
割とこじんまりと収まっています。

城門から衛兵さんの交代です。
鉄砲かついでイチニーイチニー、玩具の兵隊さんです。
そんなに大きな人には見えません。が
「一メートル八十五は有るかな!」と、
添乗員さんが言ってます。
見えているようで、見えない目は感覚が狂っています。

「百塔の街プラハ」を、お城のテラスから眺めます。
夕暮れて霞む景色は古代を彷彿とさせて綺麗でしょうね。
あっちこっちで喚声が上ってます。
あっちがカレル橋か、あの辺りが天文大時計かと
僕の目では思うばかりです。

聖ヴィートン大聖堂に入ります。
車椅子さんは写真を撮るのに大忙しです。
僕はうろうろ、添乗員さんに導かれたりします。
此の教会は外観と同じく垢抜けません。
外からもガイドさんの説明です。
写真を一枚と、一番後ろでぼんやりしている
オバサン、あ、失礼(中年女性)が居たので、
「シャッター押してください」と、カメラを差し出すと、
「今、話し聞いてるでしょ」、ぎゃ、
オ、オ、オ。其の声はO女史です。
「シ、失礼しました」、其の時ガイドさんの話しが終わります。
「撮ってあげるわよ」です。
ちょっと美川憲一が入ってます。

魚騒動!

バスでホテルへ、トランクをホテルに入れて、
我らは観光に、ちょっと歩きます。
ホテルの辺りは結構煩雑な街です。
「プラハの春」 政治革命の舞台に成った広場、
広場と言っても電車の通る大通りですが、
1967年に此処に民衆が集結したそうです。

そしてバスに戻って丘の上のプラハ城に向かいます。
城門前の有名レストランで昼食です。
有名と言うだけあって、料理が繊細です。
今までの様にソーセージが二本と大きなジャガイモが二個
転がっているメインデッシュでは有りません。
チーズの掛かった香野菜のサラダに、鱒の焼き物です。
根菜のソテーも添えられてます。

目の悪い僕ら魚を食べるのが苦手です。
丁度皿の幅くらい廿センチの尾頭付きです。
「お箸持ってくれば良かったな!」と、何気無くつぶやくと。
「何言ってるのよ、ちゃんとホークとナイフで食べなさい」
うわーO女史の声です。
一日半のご無沙汰で、忘れかけていたのに、
な、何、我らのテーブルに居ます。

「何してるのよ!」と、今度は目の悪いご夫婦に鉾先です。
お母さんが、全盲のお父さんの
魚の身を取ってあげてるのです。
「貴女が死んだら、後に残ったお父さんは如何するの」と、
お母さん、怒られた上に殺されてます。
「いいの!私がやれる間やって上げるの」と、
お母さんは反論です。そして、
「貴女には分らないのよ」と、O女史に向かいます。
O女史は何か口ごもってますが、それ以上何も言いません。
お母さん強い。パチパチパチです。

僕は鰓の所からナイフを骨に沿って入れていきます。
「うまく行ってますよ」と、後から添乗員さんお世辞です。
身は何とか剥がせたのですが、全部皿から落ちてます。
結局手でつまんんで、拾って食べます。

プラハ到着!

列車に車内販売が来ます。
皆さんでコーヒーやショコラを注文して、
暫し旅情を慰めます。

チェコはプラハに到着です。
ポーターさんや現地ガイドさんがお迎えで
トランクを降ろしたり、誘導したりしてくれます。
ドレスデンでもでしたが、プラハでも現地ガイド会社?
の社長さんもお迎えですが、若いです。
添乗員さんが忙しいそうなので社長さんに
トイレに案内して頂きます。
さすが上等のオーバーを着ています。

プラハでは帰る時、必要なトレイス君の
検疫を受けねば成りません。
「幾ら位要りますか?」と、お世話のガイドさんに聞きます。
「600チェココロナ、30ユーロ位です」と、言いますので
五十ユーロをコロナに換えます。千コロナに成ります。
駅を出る時ですが、駅員さんが手引きしてくれます。
物凄く逞しい腕で、大きな人です。
お兄さんかと思って、じーっと見てましたら、何と女性です。
大丈夫よ!って感じで、彼女の腕に回した手の指先を
反対の手で軽く二度握ってくれます。
外で働く彼女の手は冷たかったけど温かさを感じます。

エルベ川に沿って列車は・・・

今日は12月15日です。チェコに向かってます。
一番前に乗ったと思ったのですが、
我らの席は一番後ろです。
一人座席の向かい合わせにもう一つ在ります。
通路を挟んで隣が車椅子さんで、其方は二人席です。
一列三席だからゆったりしてるんですね。
ドイツ人は大きいから必要ですね。

列車はエルベ川に沿って進みます。
低い山の連なりも在って日本的な風景です。
こちらは雪が降ってませんが、遠い山には所々
白く成っているようです。それも日本的です。

エルベ川は付かず離れず続きます。
前に読んだ小説に、
どうしても置いていかなければいけなかった飼い犬が、
主人を慕って、列車を追いかけて来るのです。
引き離されては追い付き、追い付いては引き離され、
何処までも付いて来るのです。
其の話しはドイツからオーストリアだったでしょうか?
こんな風景の中を走っていたんでしょうね。
トレイス君は広い座席の下でのんびり寝ています。
もしも此処でトレイス君と別れたら、追って来てくれるかな?

ドイツとチェコの国境です。
「此処だよ」と、添乗員さんが教えてくれますが、
パスポート検査も、検札も何も無しです。
先年、来た時は列車のスタンプを
パスポートに押してくれました。

宮本輝の「ドナウの旅人」が、話しに出ます。
そうです。此の話しも川に沿って進展して行きます。
其の頃は、国境超えは厳しかったです。
僕も初めて来た40年前は、
鉄砲担いだ兵士が五、六人乗り込んで来て、
床の下や天井裏まで調べる厳重な通関でした。

列車でチェコへ・・・

其の夜は大憤慨で眠りにくかったです。
14日からはO女史とは距離が有ったので
自分たちのペースで観光を楽しめます。
其れは先に書きました。
明日は、早目にドレスデンを出発です。
トレイス君をお湯で拭いて早目に寝かせます。
今夜はゆっくりホテルの部屋を探検です。
Hホテルは街の真ん中の高級ホテルですが、
部屋のムードはベルリンの様な高級感は無く、
どこか俗っぽい感じの設えです。
テーブルに大きな水の瓶が置いて有って、
棚にインスタントのコーヒーやお茶など沢山有ります。
それにミニバーの上にはあらゆる種類のグラスやコップも
用意されています。ゆっくりするには良いでしょうね。

明日の為に大きな瓶の水を、ペットボトルに移します。
2本用意す事が出来ました。
此れで明日の移動は大丈夫です。

朝です。今回はほとんどの人が5階です。
ロビーで集まってレストランに降りて行きます。
朝食が終わるとトランクをドアの外に出さねば成りません。
今朝はゆっくり食べてられません。
目の悪いご夫婦と車椅子さんと我ら障害者組だけで
帰ろうとすると、ランダムなテーブル席から出れません。
ウエイトレスさんが来て救出です。

まず車椅子さんの部屋に行って台の上から
大きなトランクを下ろしてあげます。
自分の部屋に帰ってトランクを出します。
それからもう一度トレイス君のトイレをさせます。
そとはまだ暗いです。
昨日の面白いガイドさんの見送りに来てくれてます。
バスでドレスデン郊外に向かいます。
「あっ!帽子をロビーに」と、Tさん忘れ物と叫んでいます。
ちょっと走ったところだったのでバスは引き返します。
でも結局、帽子はロビーに有りませんでした。

チェコ中央駅到着です。
日本には少ない最終駅です。
ホームとレールが此処から先は在りません。
ホームには大きなクリスマスツリーが在ります。
ガラス張りの大きな半円形のドームです。
ヨーロッパってこういうデザインは良いですね。

列車が来て乗り込みます。
ドイツの列車はがっちりして大振りです。
ホームより高いけどトレイス君はひょいと乗り込みます。
座席も通路も広くって快適です。

此れではバトルツアーです。

「我らがワーストスリーなら、貴女のツアーは最低だ!」と、
テーブルを引っくり返して帰りたかったです。が、
添乗員さんや他のツアーのメンバーさんも居ます。
ぐっと堪えて、O女史に抗議です。

昼間のあれこれO女史の言動を問い正します。
一番目は昼食の時です。
「僕のビールは何処」と、誰とは無しに聞いたら、
前の席に居たO女子が
「飲み物は右に置くものだから、探しなさい」の声です。
もちろん僕は右の3時から5時辺りを手でさぐって探して
無かったから聞いたのです。
隣の席の人が教えてくれたビールの位置は
お皿の向こうの1時の位置辺りです。探しきれません。

2番目はです。レストランの前でです。
「トレイス君のオシッコ出来る所在りませんか」と、聞いたら、
「皆、初めての所だから分る訳ないでしょ」と、O女史です。
目が見えるのだから、見て探して下さい。

三番目は、夜のレストランに来た時です。
建物に入った時、「階段、階段」と、O女史が叫ぶので、
「階段の時は上りか、下りか言って下さい」と、言うと、
「貴方が聞けば良い事でしょ」と、怒ります。

「こういうことって、バリアフリーツアーの関係者として
もっと答え方があるのではないですか」と、反省を促すと、
「私はガイドじゃ無い」と、まだ怒ります。
ちょっとした思いやりの言葉も出し惜しみます。
優しい言葉や適切な言葉は
ガイドボランティアを雇わねば成りませんか?
でも此れでは、意地悪な看守そのままです。

それにワーストスリーと言われたトレイス君の名誉挽回を
して置かねばいけません。
「トレイスは僕に取って、心の支えであり、
かけがいの無い存在だ」と、言うと、
そんなの聞く耳持たない感じで、
「そう、盲導犬は歩行の道具でしょ、歩行を助けてこその
盲導犬でしょう」と、突っ撥ねます。
トレイス君が今日の雪の原に興奮した事や
散歩犬に扇動された事の非難を始めます。
一方的な正論で押し切ろうとします。
トレイス君だって言いたい事が沢山有るはずです。
トレイス君なりに頑張っている事が沢山有ります。
それに我らは歩行訓練に来ている訳では有りません。
観光旅行をしています。

「Oさん、いつも上から目線の言葉ばかりで、
おかしいのではないですか?
もっと障害者の目線で話して下さい」と、言います。
するとO女史は、やっと黙ります。
O女史は障害者バリアフリーツアーの企画などするトラベル
デザイナーの肩書きを持っています。著書も有ります。
NPOで、介助者ボランティア養成講座もやってます。

「トレイス君 さあ!帰ろう!」
僕は此の忌まわしい場所から一時も早く立ち退きたかった。
トレイス君は我関せずで、
後のテーブルのドイツ美人に見詰められ 、
「おーナイスドッグね」と、言われて、
でれーっとしています。
外に出ると、
一番でトレイス君と僕は飛ぶようにしてホテルへ帰ります。
凍てつく大気も憤った神経を冷やせません。

 

ワーストスリーです。と言われ・・

おめでたい三賀日も終わりましたので、
忌まわしい一件の有りました
12月13日のドレスデン夕食時に話しをもどします。
僕の席の隣りがO女史です。
メインディシュの出た頃にです。
「犬に泥水を飲まさないでよ」と、また昼間の
一件をもちだして、くどくも、
「下痢でもしたら、帰れなくなるんだからね」
「飛行機に乗れなくなるからね」と、言います。
僕とて飲ましたわけでも無く、熱い建物から出て来た
ばかりのトレイス君、
思わず溜り水に口を付けかけたのです。
「貴方、ちゃんと水上げてるの」と、追求です。
ちゃんと上げてます。今日も水を3本買いました。
バスに乗る度、休憩の時には必ず上げてます。
それからO女史は言います。イタリア旅行の際ほとんど
水を飲まさない盲導犬使用者の方が居て、それと無理矢理停めるのも聞かず盲導犬とピサの斜塔に登った人と、
「まあ、貴方の犬はワーストスリーに入るはね」と言います。
かっちんです。前例は盲導犬じゃ無くって使用者が
悪いでしょう。それにO女史に
そんな評価をする権利は無いでしょう。

「貴方、盲導犬と単独歩行出来ないの」と、重ねて追求です。
僕が添乗員さんや、
車椅子さんに誘導を受けている批難です。
「僕は視野がほとんど欠如してますが、
ある一点かすかに視力が残っていて、其処に当たると
何となく見る事が出来ます。其れを見るには、誰かに
手引きされていないと出来ません」と、話すと、
「歩く時は、歩行に集中しなさい」と、言い返されます。
「でも見えるところが有るのだから見たいです」と、言うと、
O女史は「もっと、自分の障害を受け入れたら」と、
もっともらしく言います。
僕は、此の人何だろうと思います。
「貴女は視覚障害者の事、盲導犬の事、そして僕の様な
中途障害の事、何も分って無いでしょ」と、
やっと言い返します。するとです。
「そんなの分る訳ないでしょう」と、当然の様に言います。

僕は呆然として「何でこんなツアーに来たんだろう」
「来るんじゃなかった!!」と、思います。
「馬鹿野郎!こっちがワーストスリーなら、
お前のツアーは最低だ!!」

ドイツと言えばバームクーヘン

ドイツと言えばバームクーヘンです。
クリスマスマーケットの所に行くと、
バームクーヘンを買いに走るTさん達に会います。
うーん、言ってましたね。この先に有名な店が有るのだと、
朝の観光の時、ガイドさんから聞きました。
大きなお爺さんの看板の在る店の裏だと聞きました。
ここら辺りだと、
四つ角の四方を添乗員さんが探してくれます。
ひょうきんなガイドさんが、お爺さんの顔まで作って、
教えてくれたのですが、何処にも無いそうです。
添乗員さんがガイドさんに携帯で聞いてくれます。

夜に成ると、一枚重ねてきたけど、深々と冷えます。
クリスマスマーケットの入り口に、トーチの様な炎の
イルミネーションが有ります。我らは其処に寄り添って、
其の炎で暖を取りながら待ちます。
クリスマスツリーが揺らめいて、
何だかマッチ売りの少女の心境です。
「あっ!在った!あったよ!」と、添乗員さんの声です。
なーんだ!我らから三軒先に行った所ではないですか。
お爺さんの看板は大して大きくも無く、喫茶店の前の
黒人のウエイターさんの人形です。イメージが違います。

大きなバームクーヘンとチョコレートのお店です。
「ちょっと高いよ!青山辺りの感じだな!」と、
添乗員さんが言いますが。
あんなに苦労して見つけてくれた店です。
少々お土産を買います。「2月までもつよ」です。
バームクーヘン手賞味期限が長いですね。

車椅子だんと僕とトレイス君と添乗員さんは、
夜店を冷やかすようにマーケットをセンターまで戻ります。
喉も渇いて、すっかり体も冷えました。
丁度、ホットワインの店の前です。
我らは其処で一杯飲みます。キューっと、
あったかいワインが体を通っていきます。
我らの隣でシッツしているトレイス君、此処でも人気もの、
行く人々が覗き込んでいきます。
「あの少年、ずーっと見てるよ」と、車椅子さんが言います。

ホットワインは五ユーロ払います。
飲み干してコップを返すと、二ユーロ払い戻しが有ります。
でも其のコップ、なんだか雰囲気だったのでお土産に
持って帰ります。
ドレスデンの最古のクリスマスマーケットを満喫、
それではと、ホテルへ帰ります。
明日はチェコへ向かいます・・・

パイプオルガンは天国に導いて・・・

車椅子さんとは同じ階の同じ廊下だったので
誘ってもらって、聖母教会のミサに出掛けます。
教会に着いて、「あっ!」と、思います。
教会の入り口は何処も階段です。「どうしよう!」
朝の見学ではガイドさんが居ましたが、今は居ません。
誰か教会関係の人を見つけて、リフトを使わせてもらうか?
おろおろします。其の時です。
通りの向こうを歩いている添乗員さんを発見です。
「神さまって居ますよね!」 車椅子さんは
無事リフトを使えます。

今朝ガイドさんがドイツは無神論者が多いそうです。
教会にも冠婚葬祭ぐらいしか来ない!と、言ってました。
日本と同じ様な感じですね。
四時からのミサが始ります。やっぱり参列者は少ないかな?
パイプオルガンは柔かで、優しい音色です。
教会内部が音の渦に成って、わさわさと揺れ、
包み込んで天国に導くようなクライマックスで終わります。

教会のリフトは壁に抜け穴の様に有ります。
古い石の教会に此れが付いているのに感心します。
恐々ですが、我らも此れに乗って降ります。
イチメートルほどですが下ると、すぐ通りにでます。
外はもう夕暮れていて、向こうに
クリスマスマーケットの明りが見えてます。

車椅子さんがクリスマスマーケットの散策をする、と言うので
トレイス君と着いて行く事にします。
添乗員さんも其のまま着いて来てくれて三人です。
小さい時から夜盲の有った僕はほとんど夜の祭には
行った事が有りません。
夜の祭の散策、何だか嬉しく成りますね。