母の愛!

盲聾で東大教授に成った福島さとしさんの
お母さんが書いた闘病記
「さとし分るか」と、
全盲のピアニスト、辻井信行さんの
お母さんが書いた
「のぶカンタービレ」を、
朗読ボランティアの人に読んでもらいました。

「偉大な人には、偉大なお母さん付いて
いるのだな!」と、友人に話したら、
「ワン吉のお母さんも同じだよ」と、言われます。
思い出すと、
目の病気が有ると分った頃、
あっちこっちの病院に連れて行ってもらいました。
今頃と違って交通事情も悪く、
自家用車も無く、不便だったろうと思うのです。
だけどその事は余り覚えていません。
其の頃の病院の陰気な暗さは覚えています。
そして病院の帰りに、
駅前食堂でカレーライスを食べさせてくれました。
うどんが15円なのに100円はしてました。
カレーライスの真ん中に生卵が
何故か乗っかっていましたね。
食堂のショウウインドウやビニールの暖簾も
しっかり思い出すのに、親の苦労は忘れています。

小学校の修学旅行にも母は着いて来てくれました。
高校の頃も学校からの帰りが遅いと、
町の外れまで迎えに来てくれていました。
あの頃は我が町は、田んぼの中で、
道は悪く、外灯も少なく暗かったです。
よく井手に落ちて帰りました。
帰り着くまで心配だったのですね。
「そんな子を、よく海内にやったね」と、
親族、近所の人に母は言われていました。

自分は偉大に成らなかったけど
母の愛は変わらず偉大です。