母が亡くなって 早40年 共に暮らした年月より 遥か 10年も過ぎてしまいます。
戦後の復興期が過ぎ クリスマスや誕生会 母の日など 記念日やイベントごとが 我が田舎町にも なんとなく浸透し始めます。 そのごろ 駅前にはスーパーの走り 主婦の店ができます。 田舎の我が家の周辺では 気軽に 見たり買ったりできないものも スーパー内では 子供でも 大人の用品売り場なども 何気に うろつくことができます。
今まで見たことのない素材 ナイロン製の エプロンを見つけます。 それが 物凄く おしゃれに見え 母の日のプレゼントに買ってきます。
それが 母の日の初めてのプレゼントです。 その後 中学高校では 照れて そんなことはしませんでした。
成人して 働いて そろそろ 母に まとまったプレゼントでも と 思い立ったころ 母は亡くなってしまいました。
高校時代 田んぼ道を自転車で通います。 ついついクラブ活動で遅くなります。 今のように ヘッドライトの明かりも少なく 溝や水の八田田んぼに落ち 泥だらけで帰ることも多く やもう野強い僕です。 母は心配して 村はずれまで 迎いに出てくれていることも屡ありました。
親孝行したい時には 親はなし といいますが・・ たとえ 生きていてくれたとしても 大した 恩返しはできないでしょうが 例えば トレ君と走った聖火ランナーを 見せる事ができていたら 感激してくれたかもしれませんが 父もその時は 母のところに行って閉まっていました。 ワン